お台場
嘉永6年(1853年)6月3日、浦賀沖に突如として黒船が4隻出現し、江戸湾の防御が急がれることとなった。 幕府は 同年8月21日に工事に着手、翌年5月3日に第1、2、3台場が完成した。 海の中に島を作る難工事だというのに、驚異的なペースで6基の台場を完成させた。  台場を作るためには海の中に松材などを打ち込み、石を敷き詰め基礎として、大量の土を盛り、さらに石垣を巡らせる必要があった。土は御 殿山を掘り崩して使った。第1〜3台場だけの築造に土が60万俵必要とし、材木は八王子や千葉から集め、石材は伊豆から船で運ばれた。 これらの資材を運搬するために、大量の船と大八車が使われた。 完成した6基の台場に 備え付けられた大砲の数は全部で155挺と言われ、試射に使われただけで、実戦に使用されずに済んだ。
 今残っているのはレインボーブリッジの傍らに姿を見せる第3、4台場の2つだけ。どちらも文化財保護法により史跡に指定されている。 レインボウブリッジには全長1.5kmの歩道がついており、このスケッチは芝浦側から歩いたときにかいた、第3お台場である。 歩道は車道の両側にあるから、風向きによって排気ガスをよけたほうがいい。
(BACk)