明覚寺のカーブ

萩往還の、明覚寺(右の塀)の坂道をまっすぐ北に進むと、防府高校の前を通り防府天満宮の参道に通じる。中央の石垣のところは松原児童公園で、かつて山口県立華浦病院・医学校(1874年・明治7年設立)があった場所である。防府は江戸時代後期から国内でも指折りの西洋医学が進んだ町で、大村益次郎も三田尻で学んでいる。古い写真では石垣の前に小川があるが、現在はコンクリートで覆われているらしい。萩往還は三田尻の御船倉から西に向ってスタートするが、三角形の2辺を通るように明覚寺の方をわざわざ迂回して天満宮方面へ通じたのか疑問に思う。今も健在のスーパー川口の店頭で描いた。(2010.6.14)

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