お船倉跡

 三田尻港の最奥から200mくらい入ったところに、毛利水軍が船を係留していた船倉が住居と公園にかこまれひっそりとのこっている。1mくらいの水路が海に通じていて潮の干満が見られボラの稚魚などが泳いでいた。水深は1mもなく、当時はもっと深かったことだろう。当時とまったく変わらないのは水面に映る大平山の影だけだろうなどと思いをはせながら描いた。山陽と山陰をむすぶ萩往還はここから始まり、江戸中期のころまで参勤交代や、軍事、商業などの船でにぎわった、

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